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                                  つぐとの昔話 4

             お父さんとホニャの物語

 私はメスのすて猫ホニャです。
手足のかじかむ寒い日曜日のひるすぎに、やぶの中から這い出してミャーミャーと泣いていたら学校帰りの
てつろうが私を見つけて「わ〜汚い〜」といいながら
私の首ねっこをつまみぶら下げました
そして私をじろじろ見て「寒そうだね、おなかすいているの?」と
私をポケットに入れて家につれて帰りました。

 私、生まれたばかりの黒いメス猫なんです。まぶたはまだ閉じたままです。
しゃがれ声でミャーミャーと泣き、べたついた毛並みで可愛いくありませんの。
てつろうは帰り着くなり「ねぇーねぇーお母さん お家で飼ってもいいでしょ」と、弟のこうじと二人で私の事を
母にお願いします。


 てつろうは弟のそでを引っ張り、目くばりすると、二人で声を揃えて一段と大きな声でお願いするのです。
ポケットの中の私は泣き疲れて、鳴き声も出ず、だまってしまいます。
でも私はポケットの中では小刻みにブルブルふるえているのです。
お母さんは心配そうに、てつろうのポケットを見つめます。
「てつろう 出しなさい」お母さんは言いました。
てつろうはエッと、口元がゆるむとホラ可愛いでしょう、と
お母さんに黒いメス猫の私を見せます。

 可愛いいどころじゃありません、私は目ヤニがいっぱい張り付いて、目が開けられず、おまけに、毛並みが
ぐじゃぐじゃで、寒さと空腹で泣き声もかぼそく弱々しく、震えながらよたよたと、死にそうな気持ちです。


 お母さんが言いました「寒いから早くタオルでつつんで箱に入れなさい」
てつろうは、ヤッターと顔をほころばせると急いで、こうじと二人して私をダンボールの箱に入れてくれます。
てつろうは「あ〜 可愛いねっ」と優しいのです。

 お母さんは「寒かったでしょうね、牛乳を少しあっためて、飲ましてあげなさい」と言うと
「今日はお家で温かくして明日は元のところに返しなさい」
ああ私は又不安になります。
てつろうはギクッとして、「わー お母さん飼ってもいいでしょー」とべそをかきます。


 もう、たまりません弟のこうじがいつもの泣き顔になり、うぇ〜んと泣いて、くちびるがへの字に曲がり立ち尽
くします。


 お母さんは、こんなこうじの顔に弱いのです。
「あなた達、しっかり、きちんと世話が出来るのね」と念を押します。
うんうんわかったわかったと、うれしさを噛みしめてニヤリとして、二人は箱の中の私をいつまでもながめてい
ます。


 翌日、いつもは朝寝坊で、おこさなければ布団から出てこない兄弟は
お母さんよりも早く起きて箱の私をながめています。
しばらくすると、お父さんが眠けまなこで起きてきます。
おい、名前は付けたのか?と、兄弟に尋ねます、
私はぶるぶるとふるえながらミャーミャーと泣いてばかりでいました。

 お父さんは私の頭をトントンと軽く指先でたたくと
「フーンほんとに世話が出来るんかねー、お父さんは知らんぞ」と念を押します。
話をそらし、てつろうはお父さんに頼みます、ねぇーねぇーお父さんっ、お願い、名前をつけてよと、はしゃい
で言います。

でも良い名前が浮かびません。
そばに居たお母さんが、マンガのほら、何とか言っている名前があるでしょ、と教えます。えーとね、えーと、
あそうだ、ホニャラでいい。


 何だそれ、お父さんが変な顔で言います、お父さんはひそかにミケとかヤスとか、ありふれた名前を思って
いたようです。
ホニャラか、ホニャラと呼ぶのはおかしくないか?面倒くさいぞ」、第一、庭先でホニャラと呼ぶのはちと、は
ずかしいぞと言います。

お父さん、お父さん、ホニャラでいいよと、てつろうが言います。こうじもうんうんと応援します。
でもね〜 お母さんが、「そんならホニャでいいんじゃない」と提案します。
そうして、私にホニャと言う名前が付けられました。

 すて猫ホニャの誕生です。
もうすぐ兄弟は中学生、寒い春が暖かくなる頃、兄弟は日課となった私ホニャへの挨拶とミルクを飲まして
学校へ行きます。「私は幸せです」。

兄弟も元気良く「いってきまーす」と玄関をでます。

 お家にはお父さんとお母さんそして私、朝の忙しさの中、兄弟に続いて、お母さんも出かけます。
お母さんは看護婦さんで朝は早く、夜は遅く帰ってきます。そしてお父さんはただ一人お家でお店の留守番
です。

お父さんは日用品のお店を開いていて、いつもひとりぼっちで時々淋しくなります。
でもこのごろは違うのです。
私はお昼を待たずにミャーミャー、お腹が空いたよーと泣くのです。
あーよしよしと言いながらお父さんはスポイドで私の口元にそっとミルクを流します、おっぱいみたいに私は
チュッチュッとミルクを飲みます。

朝日が障子越しに私とお父さんを気持ちよく暖めてくれます。
私と二人きりのお父さんは、いつもの昼寝もせずに忙しくなりました。

 箱の中がなんだか臭いぞとお父さんが来て箱の中をのぞきます。
私はおしっことウンチをしてミャーミャー泣いています。
お父さんはやれやれと腰を上げて立ち、新しいダンボール箱に取り替えてくれます。

 ときどき、
お父さんは、私をそっと抱っこしてみます、私の小さな温もりがお父さんの手に伝わります、
お父さんは温かそうに私を両手で丸く包みます。

そして私にホッペタをそっと近づけると、ホッペタで私の体をよしよしと撫でます、
お父さんは何ともいえない香りを感じて、まるで香水に近いような淡いウンチのにおいにお父さんはなんだ
か懐かしい気持ちになるのでした。

そして、ねんねこ、ねんねこと鼻歌で子守うたを歌うお父さんの手の中で私は本当に寝てしまいました。
気持ちが良くなり私は喉をゴロゴロ、ゴロゴロと鳴らすのです
お父さんは子供たちが赤ちゃんの頃を思い出し、楽しそうに部屋の中をゆっくりと歩き回るのでした。

 やがてセミがジーッ ジーッと鳴き、真夏の陽射しが強くなり、お父さんはうちわを片手にぱたぱたと、体中
を仰ぎます、私はそんなお父さんのしぐさにじゃれてタマを取ります。
すると、お父さんはうちわを置くと、右手をパーと広げて私に向け、指でパクパクガブッと、噛み付くようなまね
をしてじゃれて
私に付き合うのです、そして私にガブガブっと噛み付き近づくと私は怖くなり背中を丸くしてトン
トントンと跳ぶように走ってきてウウーウウーと、怖い目で本気になり全身の毛を逆立てて、飛びかかろうとし
ます。スリル満点、でもそれ以上はお父さんに近寄りません。
お父さんは心配になり一転、だっこだっこと私の機嫌を取ります。
私は遊びだと思っているのだけど。

 お父さんが疲れて、手を休めると、私はサーッと走って行き、お父さんの足元にポコンと前足で猫パンチを
一発跳びけりして、その反動でさっと逃げるのでした。お父さんはうれしくなりコラー待てーと追いかけます。
もう部屋の中は新聞やおもちゃが散乱して子供以上の散らかしようです。

こうして私とお父さんはすっかり仲良しになってゆきます。

 このごろ私はニャーン、ニャーンと鳴き一人前の猫になりました。
でも寂しがりやの私は、お父さんの姿が見えないと、ニャオン、ニャオンと呼びながらしきりに家中を探します
てつろうとこうじがホニャおいでと呼んでも、私は知らんぷり、そうなんです。私の世話をして面倒を見ると約
束した兄弟は三日坊主でした、時々私の大好きなダシザコを見せて近づいた私に与えて「ホニャちゃんおい
しいね?」と、
頭を撫でてくれますが、私を抱っこするだけで遊んでくれません。

 私は遊びたくて部屋を走り回り玉をとって誘って見せますが、てつろう達はだっこばかりで面倒なのか相手
にしてくれないのです。私はすぐに飽きてだっこから飛び出し、庭に逃げます。
兄弟は私を追いかけて捕まえようとしますが、私はうさぎみたいにピョンピョンと跳ねながらカエデの木に飛
び上がり大きな枝の二股に座ります。そして、木の上から兄弟を見下ろすのです。

 お母さんが何時もの様に私の大好きな鰹節とダシザコを買って買い物から帰ると台所に立ち、夕ごはんの
支度をします。私はすぐさまおいしい匂いを嗅ぎつけ走って来て、鼻をクンクンと上にもたげてお母さんの足
にすり寄り、お母さんの両足の間を8の字を描きながら、何度もくぐり回ります、そして小さな声でニャッ、ニー
ィャンと甘えて、早く食べたいと催促します。


 私はごはんを食べ終わると満足そうに舌をなめずり廻して、日当たりの良い窓際で一眠りするのです。
そんな私も年頃の娘猫、夕食を食べては夜遊びに出かけます。
ある日、夜遊びで大怪我をした私は足を引きずりながら帰り、元気が無く、ごはんも食べずにそっと横になり
ます。私の太ももが大きく裂けて砂と血で固まっています。てつろうが心配そうに私をのぞくと、

「お父さんお父さん」と、てつろうが慌ててお父さんを私のところに連れて来ました。お父さんは何事かと私
の足を見ると、ドキッとします。

私は力なくお父さんを見つめます、痛くて苦しそうな私を見ると心配そうに、私の足にそっと指をあてます、ニ
ィヤーオーと、私はキバをむくほどの痛さです。

お母さんは急いで救急箱を持ってくると、子供達に新聞紙とタオルを持ってきなさいと言い。新聞紙の上にタ
オルを重ね私をそっと寝かします。


 オキシドールが私の傷口にビンごと流され傷口を洗います、それはもう、私は痛くて、ギャー、フーッと怒鳴
り怒ります、脱脂綿で何度も、何度も汚れた砂をふき取られ、痛くて暴れる私は、思わず手に噛み付きそうに
なります。
その時お母さんが私の頭を撫でながら優しく言います、「ホニャちゃん、がまんしなさいね、ホニャのあんよを
きれいきれいするんだからねっ、ホニャちゃんは可愛いねー、良い子だねー、も少しで終わるからねー」と、
話しかけます、私は魔法にかかったみたいに痛さが消えて不思議でなりません、あんなにあばれていた私
が痛がる様子も無く、ただハアーハアーと少し荒い息づかいで、傷口の治療を受けるのでした。
私にはお母さんの言葉が良く解ります。

みんなはお母さんの優しさに敬服し、感心するのでした。

 オキシドールとヨードチンキ、そして抗生物質の軟膏をぬり毎日私の治療が続きます、おかげで、ポッカ
リ5cmもあった太ももの傷口はだんだん小さくなり、毛皮のしたから見えていた足の筋肉も周りの皮と毛が
傷口の中心に寄りながら、2週間位で五円玉位の小ささになりました。
やがて傷口は元通りきれいにふさがり私は元気になりました。

 てつろう兄弟は学校から帰ると、大きくなった私をだっこしながら「ホニャちゃん可愛いね」と話しかけ「ホニ
ャラかホニャラかホニャラかホイ」と、赤ちゃんに子守歌を聞かせるみたいに、両腕の中の私を揺らしながら私
の顔をみつめます、私はだまってジーツと目を合します。

そんな光景を見ていたお父さんは、お父さんもだっこだよと言いながら、私をたっこして「ホニャラカばってん
ホニャラカほい、ホイホイ、ホイ」と、はしゃぐのでした、和やかな雰囲気がお家にひろがります。


 大学生になった兄弟は時々「ホニャ元気してる?」と電話してきます。やはり話題は私ホニャからです。
この春から郷里を離れたてつろう兄弟は夏休みに私に会うのが楽しみです。

 私は春になると夜遊びが続きます。
そして雨が激しく降る5月のある朝に、私は再び怪我して帰りました。
こんどの怪我は頭と首です、傷はあまり深くないのだけどお父さんは急いで私の治療をします。
けれども少し元気のある私は、ごはんをちょっとだけ食べると出かけ、家に居なくなります。
心配したお父さんとお母さんは近所中をホニャーホニャーと呼びながら私を探して回りました、恥ずかしさな
んかありません。

でも私は見つかりません、いつまで待っても帰って来ない私を心配しています。

 そしてニ三日たった頃、となりの家の非常階段から私ホニャが、ジーツと疲れた眼でお家を見ていました。
おー、ホニャ何処行っていたの、おいでとお父さんが手招きしても行けないのです、お父さんは心配になり私
のところまで迎えに来て、だっこします。「ホニャッ、ぶるぶる震えているじゃないか」お父さんは、これは危な
いと考えると、
出勤前のお母さんに今日は休めないかなと相談して、二人で動物病院につれていくことにし
ました、お母さんは勤務先に「兄弟が入院することになったから今日は休まして下さい」と連絡して電話を切
ると、私を抱っこして車に乗せて二人で動物病院に行きました。

 私ホニャは診察の結果、肺炎を発病し傷の化膿も大きく、「今夜が山で危ない」、獣医師に告げられ、すぐ入
院となりました。

栄養剤とか抗生物質とか注射をした私の皮膚は大きく腫れて苦しくて痛いです。
「ホニャ、明日くるからね早く病気を治そうね」と、優しくそう言うとお父さんは私を残し動物病院を出ました。
初めて来た見知らぬ場所に私は残され、動物病院の鉄檻のベッドで恐怖に震えていました。
お父さんに逢いたい。

 私が天国に行きかけている時お父さんの声が聞えたのです。
その翌日の朝、動物病院からホニャが危篤と連絡があり、お父さんは急いでホニャの所へ駆けつけました。
ホニャはお父さんを待って、待って待ち続けたのでした、
お父さんが動物病院の入口を入るなりホニャー ホニャーと大きな声で呼びながら急ぎ足で、ホニャの入って
いる小さな鉄檻のベッドに行き、ホニャーーと更に大きな声でホニャの名前を呼ぶと、ニヤーーーーーーー と
ホニャは最後の声を振り絞り動物病院いっぱいに響く声で一言、返事しました。
お父さんは震える手で、ホニャー、遅くなってごめんね、と、ホニャの温かい体をなでました。ホニャ ホニャと
声をかけても、もう返事がありません、


 ホニャはいつまでもお父さんが来るのを待ちながら、ありったけの元気を残していたのでした、小さな体で。
ホニャ、寂しかったねゴメンネと言いながらお父さんは涙をぽろぽろ流しながら、はいつまでもホニャの体を
優しくなでていました。

お母さんは、こども達にホニャの事を電話します、電話の声がだんだん涙声となり、てつろうの声が悲しくお
母さんの耳にひびきます。「お父さんありがとう」ホニャより。

 おわり

作 海江田嗣人2011年77




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